今や、公開すれば常に話題を集め続けるスタジオA24 。
スタジオA24はこれまでに『レディ・バード』(18)『ムーンライト』(16)など数多くの話題作を公開させてきました。
今年公開の『ミッドサマー』(20)も大きな話題を集めましたね。
2部構成となっている『WAVES/ウェイブス』も世界中の映画祭で話題を集めながらついに日本公開となった作品です。
個人的には心で感じるよりも、目や耳で感じる要素が大きい映画だと思いました。
映画の可能性を感じる、新感覚の作品です。
今回は本作の感想を考察や細かい解説を混ぜつつ、その意味を探っていきます。
「A24」新進気鋭の映画スタジオを徹底解説。これまでの作品を紹介。今後公開予定のラインナップは?
記事内画像出典:IMDb
映画『WAVES/ウェイブス』あらすじ-青春時代に突き刺さる想い
まずは全体的なあらすじを簡潔に振り返りたいと思います。
【第一部】
高校生のタイラーは厳しい父のもとでレスリング選手として日々努力していた。
そんなある日、肩の故障が発覚し医者から手術が必要だと知らされる。
しかしそれを隠したまま試合を続け、ついには限界に達してしまう。
レスリングができない生活の中、恋人アレクシスが妊娠してしまうという、重大な出来事が起こる。
しかし、タイラーとアレクシスの子どもに対する意見の食い違いから別れてしまう。
そこから徐々にタイラーは道を踏み外していく。
そんなある日、パーティにアレクシスが自分以外の男と参加している事を知り、会場にのりこむ。
そこでタイラーとアレクシスは口論になり振り払ったタイラーによってアレクシスは頭を打ち、亡くなってしまう。
【第二部】
それから一年が経過。
パーティ会場で様子がおかしい兄を止められなかった妹のエミリーは思い悩んでいた。
自らの兄が犯罪者であることで様々なことに支障をきたすエミリーは心を閉ざしていた。
しかし、すべての事情を知りつつもエミリーに好意を寄せるルークが現れる。
彼に心を開き、次第に2人は親密な関係になっていく。
そんな彼も父親との間に問題を抱えていた。
そして、父親が命わずかである事がわかりエミリーはルークに父親を訪れることを勧める。
ルークの父親は亡くなってしまう。
また、険悪ムードだったタイラーらの両親は和解。
家に帰ったエミリーは落ち着きを取り戻した様子。
そして前向きな表情でエミリーは街を自転車で駆け抜けて行くのであった。
映画『WAVES/ウェイブス』登場人物
主な登場人物は6人です。
タイラー・ウィリアムズ(ケルヴィン・ハリソン・ジュニア)

厳格な父の元レスリングの練習に日々打ち込む青年。
演じたのはケルヴィン・ハリソン・ジュニアでこれまでに『それでも夜は明ける』(13)『イット・カムズ・アット・ナイト』(17)などに出演し、その演技が絶賛されています。
本作での劇的な演技も素晴らしかったです。
エミリー・ウィリアムズ(テイラー・ラッセル)

タイラーの妹で、父が力を入れるタイラーの影にいつも隠れてしまっている。
タイラーが事件を犯してからは心を閉ざしてしまう。
演じたのはテイラー・ラッセル。
Netflixオリジナルシリーズの『ロスト・イン・スペース』などに出演しています。
また、私生活ではルーク役のルーカス・ベッジズと交際しています。
ロナルド・ウィリアムズ(スターリング・K・ブラウン)

厳格な父親で多感な時期のタイラーに厳しく接している。
演じたのはスターリング・K・ブラウンで人気ドラマ『THIS IS US』に出演中。
最近だと『ブラックパンサー』(18)などにも出演していました。
また、これまでにエミー賞やゴールデングローブ賞を受賞している名俳優です。
2018年タイム誌にて世界で最も影響力のある100人の1人もに選出されています。
キャサリン・ウィリアムズ(レネー・エリス・ゴールズベリー)
タイラーとエミリーの母親で2人にしっかりと寄り添っている。
演じたのはレネー・エリス・ゴールズベリーで現在Netflixの「オルタード・カーボン」に出演中。
これまでにトニー賞、グラミー賞、ドラマ・デスク・アワード、ルシール・ローテル賞などを受賞しています。
ルーク(ルーカス・ベッジズ)

エミリーの事情を知りつつも彼女に好意を寄せている。
演じたのはルーカス・ベッジズ。
これまでに『グランド・ブダペスト・ホテル』(14)『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(16)などに出演。
アカデミー賞では助演男優賞にノミネートされるなど高い評価を得ています。
この他『スリー・ビルボード』(17)『レディ・バード』(17)『ベン・イズ・バック』(18)『ある少年の告白』(18)など話題作へ出演しています。
アレクシス(アレクサ・デミー)

タイラーの恋人。
演じたのはアレクサ・デミー。
これまでにドラマ「ユーフォリア/EUPHORIA」などに出演しています。
映画『WAVES/ウェイブス』感想・解説-波となって押し寄せるものとは
まずは全体の感想からです。
先述しましたが、本作は全体として心で感じることよりもむしろ、視覚や聴覚によって受け取ることができる部分が非常に大きかったと思います。
無論、31曲もの音楽から着想を得て本作の骨組みが作られたのだから、当たり前なのですが登場人物の感情をダイレクトに表現したかのような音楽がしっかりと見せ場になっていました。
以下に『WAVES/ウェイブス』のポイントをまとめていました。
- 感情をダイレクトに表現したような音楽
- 彼らの青春、本来ならもっとシリアスな問題
- 脳を刺激する視覚的な効果
- 『WAVES/ウェイブス』タイトルの意味とは
意味が掴みづらいトピックもあるかと思いますが、上記の4つのポイントに分けて解説していきます。
感情をダイレクトに表現したかのような音楽

本作の最大の見せ場は音楽です。
そもそも『WAVES/ウェイブス』はトレイ・エドワード・シュルツ監督によって現在の音楽シーンをリードする豪華アーティストのプレイリストを作ったのちに脚本が書き起こされています。
つまり、音楽があって、ストーリーがあり、映画が完成します。
普通なら映画を作り、そのあと作曲家が映画にマッチした楽曲を作ることが多いですが、本作は正反対の順番で映画を完成させています。
つまり、音楽ありきの映画です。
新海誠監督の『君の名は。』や『天気の子』なども音楽ありきの映画なので大袈裟かもしれませんが少し近いDNAの映画だと思います。
こういう新しい手法の映画も面白いと思います。映画は全てが普遍的ではありませんからね。
音楽ありきとはいえ、やはり2部構成それぞれの主役であるタイラーとその妹のエミリーとの感情と楽曲のマッチ感は素晴らしかったです。
音楽があって、登場人物の感情があり、セリフがある映画だとは思いますがあれだけマッチしていると通常の映画よりも心に響くものがありました。
これは音楽の素晴らしさの真骨頂だと思うのですが、流石にやられました。
使用された楽曲のアーティスト達も豪華です。
以下31曲のプレイリストです。
- FloriDada,Bluish,Loch Raven (Live) アニマル・コレクティヴ
- Be Above It,Be Above It (LIVE),Be Above It (Erol Alkan Rework) テーム・インパラ
- Mitsubishi Sony,Rushes,Sideways,Florida
- Rushes (Bass Guitar Layer),Seigfried フランク・オーシャン
- What a Difference a Day Makes ダイナ・ワシントン
- La Linda Luna ケルヴィン・ハリソン・Jr.
- Lvl エイサップ・ロッキー
- Backseat Freestyle ケンドリック・ラマー
- America ザ・シューズ
- Focus H.E.R.
- IFHY (feat.Pharrell) タイラー・ザ・クリエイター
- Surf Solar ファック・ボタンズ
- Love is a Losing Game エイミー・ワインハウス
- I Am a God カニエ・ウェスト
- U-Rite,U-Rite (Louis Futon Remix) THEY.
- Ghost キッド・カディ
- The Stars In His Head (Dark Lights Remix) コリン・ステットソン
- Moonlight Serenade グレン・ミラー
- How Great (feat. Jay Electronica and My Cousin Nicole) チャンス・ザ・ラッパー
- Pretty Little Birds (feat. Isaiah Rashad) SZA
- True Love Waits レディオヘッド
- Sound & Color アラバマ・シェイクス
タイラー・ザ・クリエイター、カニエ・ウェスト、フランク・オーシャンなど現在の音楽シーンをリードするアーティストが名を連ねています。
彼らの青春、本来ならもっとシリアスな問題
タイラーは、父親に厳しく教育されていたため、ある程度の努力をし、結果も残せていました。
しかし、彼にとってそれまでの人生において父親が絶対的な存在で逆らうことはできませんでした。
青春時代、心も体も成長し、自立していく際、本来大切でありながらも、時に最も邪魔な存在となりうるのが両親であるのかと思います。
自分の意見をもち、自分の意思を行動に移したい時に抑圧があるとその分反動も大きいです。
タイラーはレスリングで結果を残さなければならない大事な時期に肩を故障し、その後彼女が妊娠してしまうという重大な出来事も起こります。
彼にとって、これでは八方塞がりですね。まだ未成年ですし。
多感な時期の少年にとっては少し荷が重すぎるように感じました。
そんなこんなで彼女との意見の食い違いで別れてしまい、事件が発生してしまうのです。
本来ならタイラーは殺人事件を起こした犯人で、日本でこのような題材で映画を製作したらもっとシリアスな雰囲気になると思うのですが本作は少し違いました。
『WAVES/ウェイブス』ではそのような青春時代に起こる困難を音楽によって感傷的に表現することで非常にうまくぼやけさせているように感じました。
また、事件後の主人公をタイラーの妹であるエミリーへと移すことによってさらに感傷的なストーリーに仕上がっています。
もしも、第2部のストーリー展開をタイラーの視点で描いていたらもっとシリアスな映画になってしまっていたと思います。
そして、エミリーは兄の犯罪歴によって理不尽な影響を受けることになりますが、その部分でも、新たにルークという人物が現れることで心の拠り所ができ、シリアスさを和らげています。
タイラーが犯した罪による周辺人物への傷跡が、時が経つにつれて、波が砂浜を平らにするかのように和らげていくようにさえ感じました。
このように本来シリアスな題材をうまくぼやけさせている部分が本作の素晴らしさなのではないでしょうか。
脳を刺激する視覚的な効果
『WAVES/ウェイブス』は音楽のイメージが先行しているように捉えてしまいがちですが、むしろ視覚で捉えることができる部分の素晴らしさも大きかったと思います。
それは、スクリーンから放たれる色と光です。
特に場面が移り変わるシーンを単なる切り替えにするのではなく、近いのか遠いのかわからない混ざったような優しい色と光で表現していたことが印象的でした。
物語のラストもこの感じで終わるのかと早くも予想ができてしまいましたが、とても良かったです。
特に色の部分だと、青と赤、そしてそのグラデーションのようなネオンカラーが特徴的でした。
ダイナーの装飾や、パトカーのサイレンなどの印象が強かったからでしょうか。
ここでも、パトカーを警察という厳格な存在よりも動く色として捉えられる部分が大きいように感じました。
先ほども述べましたがこれもシリアスさを色で和らげていたのではないかと考えられます。
いろいろ考えると『WAVES/ウェイブス』は絶妙ですね。
かなり計算立てられた狙いによって完成している映画なのではないでしょうか。
『WAVES/ウェイブス』タイトルの意味とは
言うまでもなく、本作のタイトル『WAVES/ウェイブス』は様々な波を表現していたと考えられます。
個人的には3つほど波を感じ取ることができました。
ひとつは、音の波です。歌詞の全てを理解することはできませんでしたが、楽曲は全て素晴らしかったです。
ふたつめは、色の波長です。先ほども色について述べましたが、他にもエミリーとルークがスプリンクラーの水によってできた虹を見つけていました。
このあたりでも色の波の表現を強調したかったのだと思います。
そして3つ目は海の波です。『WAVES/ウェイブス』では海が出てくるシーンが非常に印象的でした。
海の波をダイレクトに映し出して、タイトルもウェイブスにしている部分では本作が音楽をダイレクトに登場人物の感情に反映しているような全体としてのダイレクトさの一貫性があって良かったと思います。
また、エミリーが自転車で街を駆け抜けて行くシーンが何度か出てきたと思うのですが、あれも場面を波として振動させていたのではないか?と深読みしてしまいます。
何はともあれ素晴らしい雰囲気の作品でした。
A24は次にどんな作品を見せてくれるのかまだまだ期待してしまいます。

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