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【分析】『パラサイト』はなぜアカデミー賞作品賞を受賞できたのか。その要因&意味とこれからの日本映画業界について。

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2020年2月10日。歴史が変わった。韓国映画『パラサイト半地下の家族』が映画業界で最も重要で栄誉ある賞、アカデミー賞作品賞をアジア勢として初めて手にした。本作は作品賞の他にも、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞を授賞し最多の4部門授賞となった。

数々の賞レースを駆け抜け、最後に手にした最高の栄冠。それが意味するものとはいったいなんなのだろうか。

『パラサイト半地下の家族』が外国語映画史上初のアカデミー賞作品賞を授賞

出典:『パラサイト半地下の家族』公式サイト

下馬評では『1917命をかけた伝令』が作品賞をとると多くの人が予想していた。これはまだ日本で公開されていない中での予想であった。ただ、『1917命をかけた伝令』はゴールデングローブ賞にて作品賞を授賞しており多くの人がアカデミー賞でも栄冠に輝くと感じていた。しかし一体なぜパラサイトが作品賞をとると予想されなかったのだろうか。それは『パラサイト半地下の家族』は韓国映画だからだ。そこがネックであった。だが、私もあなたも、どこかで、もしかしたら『パラサイト半地下の家族』が作品賞をとるのではないか。とって欲しいと思ってたのではないだろうか。そしてそれが現実となり、衝撃が走った。

韓国映画が、アジア映画が、アカデミー賞という大舞台で作品賞をとった。BEST PICTUREとなった。歴史が変わった。日本の映画業界はこれをどうみたのだろうか。どう捉えたのだろうか。多様性が主張され、実現されるこの時代にどうせ日本映画はアカデミー賞なんてとれないと悲観視していた人は目を覚ます良い機会になったのではないだろうか。SNSでは「日本映画はダメだ。」「日本映画には無理だろう。」と言った声も多い。だがこれらの意見が出てくることが当然ではあるのだ。それは一般人から見ても分かる。しかし本当にそう捉えるのが正しいのだろうか。良く言えば、日本の映画が世界中から評価される未来は近い。と、いうことであるはずなのに。

『パラサイト半地下の家族』の受賞が意味するものとは

果たして、『パラサイト半地下の家族』は歴史を塗り替えてしまったわけだ。これがどのようなことを意味するのだろうか。映画の立場的に簡単に言えば『ゴッドファーザー』『カッコーの巣の上で』『羊たちの沈黙』と言った数あるアカデミー賞を授賞した名作たちと肩を並べたことになる。そしてこれらの映画は現在まで語り継がれている。『パラサイト半地下の家族』も語り継がれる映画に違いない。そのくらいすごい快挙なのだ。

それだけではない。『パラサイト半地下の家族』がアカデミー賞作品賞を授賞したことにはもっと大きな意義がある。そもそもアカデミー賞の理念というものを皆さんはご存知だろうか。米アカデミー賞の理念はアメリカ映画の健全な発展を目的に、その栄誉を讃えることだ。

ここで重要なのは主語の「アメリカ映画の」という部分だ。アメリカ映画の発展を目的にしているのに蓋を開けてみたら授賞したのは韓国映画。文句なしの結果ではあるのだが、そもそもの理念とはずれているというのはお分かりだろう。結果的にアメリカの映画界の発展につながると言って仕舞えばそこで終わりであるのだが、今となっては映画業界を志す多くの人々が目指す場所となったのではないのだろうか。米国アカデミー賞はここで一つの責任を背負ったことになる。それはこの米国アカデミー賞という名の賞レース自身が明確に世界を背負ったということだ。映画祭としての座を世界的なものとして自ら誇示したも同然ではないのか。世界的にオープンな賞として自らが認めたのだ。だからこそ日本やアジアがざわついているのだ。もしかしたら、ではない。確実に日本映画にもそのチャンスが回ってくる。回ってくるよう仕向けなければならないのだ。

歴史を変えたとはまさにこのこと。これまでの普通が通用しない。これからは違う普通が始まるのだ。

なぜ『パラサイト半地下の家族』は評価されたのか

では一体なぜ『パラサイト半地下の家族』が評価されたのだろうか。観た方なら分かるであろう。本作は非常にインパクトがあり、退屈せずに面白い作品であった。しかし世の中には面白い作品などたくさんある。ただ面白いだけでアカデミー賞作品賞など到底取れるものではない。そういった中で本作が評価された理由には、作品的なこと、制度的なこと、捉えられ方の変化がある。これらの全ての理由が重なってやっと取れた作品賞なのだ。どれが欠けてもこれからの映画界は明るくない。まずは作品的なことからだ。

本作は何を言おう、貧富の格差という社会問題を描いた作品だ。資本主義がもたらした世界の貧富の格差とその犠牲者は問題視されている現状がある。つまり本作は社会派映画であり国際的に評価されやすいジャンルではある。(事実、『パラサイト半地下の家族』はカンヌ国際映画祭にて最高賞パルムドールをはじめとした幾つもの国際的な映画賞を授賞している。)そういった要素をうまくメタファーとして、ある種のコメディとして、作品に落とし込んでいる。ポン・ジュノ監督の得意分野ではあるが本作は特に明確な主張をしていたし、それがとても印象的であった。

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作品のすごさや印象などは実際に目で観て心で感じて確かめていただけばわかることだ。作品がすごいということはとりあえず分かっていただけただろう。

次に制度的なものだ。今から約5年前までは米国アカデミー賞は白人ばかりに賞をあげる「ホワイトオスカー」として揶揄されていた。なぜなら2016年まではハリウッド業界の約6,000人の評価によって、各賞が選出され評価されていたからだ。しかしその制度を変えたのだ。新たに約2,000人の世界各地の映画に携わる人々にアカデミー会員として投票権を与え、評価方法を変えた。アカデミー会員には日本だと坂本龍一、北野武、是枝裕和などがいる。これによって米国アカデミー賞は少しずつ多人種、多文化の意見が反映されるようになった。まだまだ改善の余地はある。様々な考え方が渦巻く現代の世の中において多様性は強い。多様性は簡単に言ってしまえば平和を意味するからだ。

続いての理由は捉えられ方の変化だ。まず第一に私たち日本人にとって字幕映画は普通である。しかしアメリカ人にとって字幕映画はこれまで普通ではなかった。彼らの国では共通語として英語が話されている。映画館で字幕が表示されることなどほとんどないのだ。だからこそアメリカ人は字幕を好まなかった。しかしそれが変わりつつある。Netflixをはじめとした動画配信サービスの普及によって各国の映画がどこでも見ることができる時代となった。それによって簡単にいってしまえばアメリカ人も字幕映画に慣れてきたということが言える。例えば昨年作品賞受賞寸前だったNetflix作品『ROMA』はスペイン語の作品だ。やはり慣れというものは大切なのだろう。

そして捉えられ方に関する理由としてもう一つ。それは個性が評価される時代が来たということだ。これは多様性が許容されることに通ずる。多様性が受け入れられるということは個性が尊重されるということ。まだまだではあるがそれが顕著に現れ始めている。世界中が個性の強いものにいわゆるアレルギー反応を起こさなくなっている。例えば今年グラミー賞主要4部門をかっさらったビリー・アイリッシュ(Billie Eilish)をご存知だろうか。彼女は今回のアカデミー賞にてスペシャルパフォーマンスを披露した。彼女も圧倒的個性の塊だ。そして『パラサイト半地下の家族』もアメリカ人からしたら個性の塊だ。韓国語映画だし、俳優はもちろん韓国人だし、撮影地も韓国だし、監督も韓国人だ。そんな映画を今までは評価の対象にすらしなかった。しかしそれを普通に受け入れて、普通に作品賞にした。私たちがどこかでありえないと思っていたことが普通に現実となったのだ。

最近の日本アカデミー賞の傾向と日本映画業界の現状。

続いて日本映画業界に目を向ける。2019年に公開された映画として第43回日本アカデミー賞最優秀賞の候補としてノミネートされている作品をご存知だろうか。

  • キングダム
  • 新聞記者
  • 翔んで埼玉
  • 閉鎖病棟–それぞれの朝−
  • 蜜蜂と遠雷

の5作品だ。これらの作品のいくつかには感動したし素晴らしいと思った。しかしこれでいいのかとどこかで感じる。日本が世界に発信したい作品はこれらの作品だけでいいのだろうか。他に候補がなかったのだろうか。考えてみる余地はある。日本人を称える賞なのだからこれでよしとしてしまえばそこまでだが、この他にもノミネートされるべき日本映画があったと物申したいファンはきっと多いだろう。もちろんこれでいいと考える人もいる。それもひとつの考えだ。なにより結果が大事なのだ。これで最終的に日本の映画が、韓国がそうしたように世界レベルに到達できたならそれが正しかったということになる。ただし、日本映画業界に忖度といった良くない噂が立つことも事実として受け止めるべきだ。火のないところに煙は立たない。

また、日本映画業界としてのポジティブな点は一方でネガティブな点としても捉えられる。それは日本の映画は日本のみで完結できるということだ。日本人にウケる映画を製作すれば日本のみで収益を回収できる。だから海外にあまり目を向けない。海外で評価されることだけが良いことではないが、海外に評価される映画を意識的に作っていかなければいつまで経っても日本の映画界は平行線のまま。多様性という波に乗り遅れ、衰退するに違いない。

『万引き家族』でパルムドールを授賞した是枝裕和監督でさえ、「資金調達に苦労している」と日本の映画業界に対して不満を漏らしている。正直彼にそんなことを言わせるのかとさえ感じた。映画を作る若者はもっと苦労しているに違いない。

あくまで個人的な意見だが、アイドルで釣って収益化する映画を観ているとなんだか日本の映画界に対して悲観的になってしまうのも事実だ。それと、そろそろ漫画の実写化ばかりは飽きた。実際、実写映画は漫画の固定ファンをそのまま集客できるという利点もあるが、世界であれだけヒットし歴代興行収入1位となった『アベンジャーズ:エンドゲーム』が何ひとつアカデミー賞を受賞できなかった。収益を追ってもああいった舞台では評価につながらないのは事実だ。

今回の結果を受けて、どうなる?これからの日本の映画業界。

2019年に公開された日本映画にも『さよならくちびる』『愛がなんだ』『チワワちゃん』などといった心に響く作品が他にもたくさん存在する。ご存知だろうか。日本で大規模に宣伝される作品には偏りがあり、大々的には宣伝されない映画だ。ここでは口コミだけが頼みの綱だ。

果たして日本の映画業界は今回のアカデミー賞の結果をどう見たのだろうか。どう捉えたのだろうか。日本にもたくさんの人々の心に訴えかける作品が毎年いくつも公開される。日本の映画でも『パラサイト半地下の家族』のように社会問題を扱い心に響き、何かに気づかされる作品がいくつも公開される。日本の映画業界に今できることはなんなのだろうか。

最後に、『パラサイト半地下の家族』がアカデミー賞作品賞を授賞しだことが、アジア勢初の快挙として歴史にその名を刻んだことは間違いない。果たしてそれだけで終わってよ良いのだろうか。単なる歴史の1つではなく、アジア映画の新たな歴史の始まりとして、これからももっと多くの作品がノミネートされることを願う。いつの日か、アカデミー賞の舞台で、日本映画がオスカー像を握っているところを想像すると今からワクワクが止まらないのは私だけだろうか。

ポン・ジュノ監督は映画『パラサイト半地下の家族』は「誰かに寄生して生きるのではなく、どうすれば共生できるのか」ということを1つのテーマとして本作を作ったと語っていた。そのアンサーをアカデミー賞は示しつつある。これをチャンスと捉えるかは日本の映画業界次第だ。

最後に、世界に名実ともに認められたポン・ジュノ監督のアカデミー賞受賞後のコメントを紹介する。

「韓国映画、アジア映画史上初の受賞。今だと異例ですが、そうではない日が来るのは近い。」

–ポン・ジュノー

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