ポン・ジュノ監督は社会問題を、冗談まじりで愉快な展開で描きつつ、かと思いきや、じわじわとダークでシリアスな雰囲気に観客を誘う事が本当にうまいです。
人間を深く描き、はっと気付いたときには、究極の緊張状態にあるのですから。
最近の作品だと例えば、クエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)もそうですが、あの雰囲気とはもっと別で、川に水が流れるようにそれが起こります。
2020年にアカデミー賞で作品賞をアジア映画史上初めて受賞した『パラサイト 半地下の家族』(20)もブラックジョークと称され、世界中の批評家たちから、これ以上無い絶賛の声が上がりました。
ポン・ジュノ監督のそんな作風の濃縮版とも言える、『殺人の追憶』(03)は2003年に公開されました。
本作は1986年から1991年にかけて、韓国で実際に起きた連続強姦殺人事件が題材となっているため、もともとシリアスな内容になっているのは当たり前かもしれませんが、描き方には余地があります。
https://youtu.be/VqstXpk4K1s
この連続強姦殺人事件の犯人は、最初の事件が発生してから30年以上経った2019年9月に真犯人がDNA鑑定によって浮上。
そして2020年7月2日、実に34年に及ぶ捜査に終止符が打たれました。
記事内画像出典:RottenTomatoes公式サイト
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映画『殺人の追憶』あらすじ-悲惨すぎて見ていられない人も続出…。
【起】
全ての悪夢の始まりは、1986年10月。農村地帯華城市の用水路から手首を縛られた女性の遺体が発見された。
地元警察のパク・トゥマン、チョ・ヨング、ク・ヒボン課長らが捜査にあたるものの、具体的な証拠は掴めていない。
捜査に進展のないまま2ヶ月が経過し、新たに線路脇の田んぼで遺体が発見される。
一つ目の事件と同様に手首を下着で縛られ、絞殺されていた。
そんな中、殺された女性の彼氏が、付き纏っていた怪しい男の存在を警察に告げる。
それは、ビョンスンという知的障害を持った男であった。
パク刑事らは証拠を捏造し、暴力的な取り調べで自供させるもビョンスンには犯行が不可能であることがわかった。
【承】
若手刑事ソ・テユンが赴任してから、被害者と犯行時のある共通点が浮かび上がる。
それは、赤い服を身につけていること。事件が発生する日に雨が降っていたこと。
その後も2件の殺人事件が起こり、遺体が発見されるも手がかりが全くない。
【転】
そんな中、事件当日に必ずFMラジオで流れる音楽があることが分かった。
事件は絶えず、ついに5件目の事件が発生。
同時にFMラジオに音楽をリクエストしているのがパク・ヒョンギュであることが分かった。
彼を取り調べるものの、容疑を否認。
そして、パク刑事らはビョンスンが自供した内容は犯行現場を目撃した事に基づいている事に気付いた。
しかし、ビョンスンにそのことを尋ねるも意味不明なことを呟き、逃走。結局汽車に撥ねられて死亡してしまった。
その後、犯人の精液が見つかり、当時韓国にはDNA鑑定の技術が存在していなかったため、アメリカに鑑定を依頼。
ヒョンギュを24時間態勢で監視していたソ刑事は居眠りをしてしまい、彼を見失ってしまう。
【結】
その夜再び事件は起こる。
そして、ソ刑事の怒りは頂点に達する。ヒョンギュを家から引き摺り出し、殴る蹴るの暴行の末、鉄道トンネルの手前まで連れてきた。
銃を突きつけ自白を迫る。
そこにDNA鑑定の結果を持ったパク刑事が現れる。
しかし、最も怪しまれていたヒョンギュのDNAとは一致しなかった。
ソ刑事は呆然と立ち尽くしてしまう。
そして、ヒョンギュはトンネルの奥へと消えていくのであった。
非常にもやもやの残る映画である上、考えれば考えるほど奥深い作品であることがわかりました。
また、エピローグも衝撃的でした。ここまで身震いするエピローグはこれまでに存在しただろうか?って感じです。
後ほど詳しく考察するのでまずは登場人物を2人紹介しておきます。
映画『殺人の追憶』登場人物・キャスト-あの頃からポン・ジュノ監督とタッグを組んでいた!
パク・トゥマン(ソン・ガンホ)

パク・トゥマンは地元警察の刑事で、事件の捜査に疲れ切っており、雑な操作を行い、偽の証拠をでっちあげるなどをしていました。
警察としてあるまじき行為はこの他にも多々見られています。
そんなパク刑事を演じたのはポン・ジュノ監督作品ではお馴染みのソン・ガンホ。
これまでに『グエムル-漢江の怪物-』『スノーピアサー』『パラサイト 半地下の家族』など、彼の代表的な作品に多数出演しています。
非常に人間味のある役柄、演技を得意としており、毎度、ポン・ジュノ作品の生々しさ、説得力は彼の演技から滲み出ていると言っても過言ではありません。
ソ・テユン(キム・サンギョン)

ソウル市警の若手刑事。
着任時は正義感が強く、パク刑事らとは正反対の印象。
しかし、事件の複雑さ、ストレスで徐々に壊れていく。
演じたのは人気俳優キム・サンギョン。
これまでに映画に限らず多数の舞台、ドラマに出演しています。
直近だと、スペイン映画『ロスト・ボディ』(12)のリメイク版韓国映画『死体が消えた日』(18)に主役で出演しています。
映画『殺人の追憶』ネタバレ感想・考察

ここからは本作の全体の感想と考察をしていきます。
実際に起きた事件を題材にしているため、実話と絡めて考察していく事にします。
全体として、やはり本作でも冗談まじりな雰囲気から、徐々にシリアスで、とても笑えない雰囲気へと変遷していきました。
どの辺からそうなったのかはっきりとは分かりません。
はっきりと分からないということが本作のポイントだとおもいます。
ポン・ジュノ監督の映画はいつのまにか緊張状態が増し、シリアスな展開、雰囲気となっているのです。
つまり川に水が流れるようにだんだんと変化していきます。
最初の事件が起こった頃は皆、冷静で事件をシリアスには捉えていません。
実際、パク刑事らはこの事件の重大性を、後に約40年も犯人が見つからないような大ごととはとらえておらず、証拠を捏造し、暴力で自白させ、知的障害者を犯人にでっちあげようとしていました。
事の重大性を認知していれば、これ以上悲惨な事件を起こさせないために真犯人を野放しにはさせず、正当な操作を行うはずです。
そして、本作で最も幸運かつ重大で、物語を運んでいく重要人物となったのがソ刑事です。
彼の様子が変化していくに連れて物語はシリアスな展開へと進んでいきます。
物語がシリアスな展開へと運ばれたそのきっかけは何かというと個人的にはソ刑事がラジオに音楽をリクエストしていたヒョンギュの取り調べを開始したあたりからだと考えています。
これには様々な意見があると思います。
ヒョンギュが容疑を否認し続けたため、彼の事件への関与の証拠を掴むためにソ刑事は24時間かれを監視し続けます。
しかし居眠りをしてしまった隙に彼を見失いかけ、第5の事件が発生します。
しかも犠牲者は雨宿りしていた際に出会い、保健室で自ら絆創膏を貼ってあげた少女です。
天候は雨です。
これにはソ刑事でさえも頭がおかしくなりかけるのも当然ですね。
少女の遺体を確認してからは怒りに任せヒョンギュを家から連れ出します。
最終的に、パク刑事らの暴力的な捜査を見て呆れていたソ刑事はこれでもかとヒョンギュを殴り続けました。
常に無表情で感情を殺しているかのようであったソ刑事の人間味が増して、人間が通常の人間ではいられなくなる瞬間であったのだと思います。
ラスト結末に隠された意味とは
物語のラストでヒョンギュのDNAと犯人のDNAを鑑定したデータがアメリカから送られてきました。
その結果はヒョンギュを犯人と裏付けるものではありませんでした。
この結果にはソ刑事も、パク刑事も呆然としてしまいます。
それでも、ほとんど頭がおかしくなりかけているソ刑事はヒョンギュに銃で発砲します。
逃げるヒョンギュはそのままトンネルの奥へと歩いていってしまいました。
このトンネルの構図は非常に分かりやすかったと思います。
犯人と疑われている人間がトンネルの奥へと行ってしまう=事件の迷宮入り
を表しているに違いありません。
事実、最初の事件が起こったのが1986年、映画『殺人の追憶』が公開されたのが2003年、真犯人が断定されたのが2020年です。
つまり、映画が公開された時点では犯人は捕まっておらず、ポン・ジュノ監督も公開当時で約20年も犯人が捕まらない事件の難しさや謎めいている部分を表現したかったのだと思います。
エピローグに隠されたこと〜頂点に達するこの映画の恐ろしさ〜
本作のエピローグでは事件から約20年後の2003年に移ります。
ここではパク刑事は警察としての仕事を辞めて、何か営業のような仕事に就いているようでした。
ちょうど通りかかった、当時事件が起きた田んぼに立ち寄り、遺体が発見された場所であるドブを覗き込みました。
この時通りかかった少女との会話が衝撃的すぎて鳥肌が立ちました。
パク刑事(元)が覗き込んでいる姿を見た少女がなぜ覗き込むのかを彼に尋ねました。
なぜそのようなことを尋ねるのか少女に聞くと、あるおじさんがそのドブを覗き込んでいる姿を見てパク刑事に尋ねたのと同じように尋ねると、そのおじさんは
「昔、自分がここでした事を思い出して」
と答えたそうです。
つまりそれは、連続強姦殺人犯はまだその村ないし、どこかで生き続けているという紛れもない事実です。
これにはパク刑事も恐怖を覚えたでしょう。無論、私もゾッとしました。
映画『殺人の追憶』のモデルとなった華城連続殺人事件や犯人について
本作のモデルとなった実話事件である華城連続殺人事件に就いて本作と絡めながら解説していきます。
【華城連続殺人事件の概要】
華城連続殺人事件とは1986年〜1991年にかけて韓国の京畿道華城郡周辺という農村地帯で10代から70代までの10名の女性が強姦殺害された事件のことです。
ポン・ジュノ監督の映画『殺人の追憶』のモデルとなり2003年に公開されました。最後の事件が起こった1991年4月3日から15年後の2006年4月2日に、真犯人が見つからないまま時効が成立しています。
また、この時点で犯人を訴追することが不可能となり、多数の犠牲者を出したまま事件が迷宮入りしていました。
しかし、最初の事件から約40年の時を経て、2019年の9月19日に真犯人が発見されました。
現場で採取されたDNAを最新の技術で鑑定した結果、妻の妹を強姦殺人し、遺棄した罪で無期懲役の刑を受け服役中の男が真犯人だったのです。
【事件の捜査について】
衝撃的で凶悪な事件で真犯人が見つからないまま40年近くも経っていることもあり、事件の捜査に関わった人数も大規模です。
捜査の概要は以下です。
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捜査動員人数:約160万人
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捜査対象人数:約2万人
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DNA鑑定人数:約600人
映画の中でも初期の段階から捜査対象者数が膨大でしたから、いかに困難な捜査だったかが分かります。
事件と映画の共通点などを解説
『殺人の追憶』は事件から約20年が経った後に公開されているため、捜査によって明らかになった事実などが大いに反映されています。
映画では犯人像はイケメンであった事が語られていましたが実際どうだったのでしょうか。
【具体的な犯人像】
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身長:160~170cm
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体格:痩せ型
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足:24.5cm
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年齢:25~27歳くらい(事件当時)
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血液型:B型
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声:低い
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表情:つり目、鼻筋が通っている
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髪型:スポーツ刈に近く、白毛混じり
この情報だけではイケメンかどうかは分かりませんがどうなんでしょうか。
また、全部で10ある事件は以下のような日時で起きたそうです。
【事件発生日時】
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1986年9月15日
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1986年10月20日
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1986年12月12日
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1986年12月14日
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1987年1月10日
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1987年5月2日
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1988年1月14日
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1988年9月7日
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1990年11月15日
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1991年4月3日
また、映画に登場した知的障害者のビョンスンが列車に轢かれて亡くなってしまうシーンがありました。
実際にも事件の捜査で容疑者として不当に扱われた人たちが計4人も自殺してしまっているそうです。
映画だけしか見ていないので本当のところ、どうだったのか分かりませんが、映画の描写から考えるに、相当劣悪な捜査行われていた事がわかります。
また、映画で描かれた事件では殺害後にストッキングや下着で縛られていましたが、実際の事件でもこのような手口で犯行が行われました。
DNA鑑定で特定された真犯人はイ・チュンジェという男です。
こうして犯人特定され自白をしましたが、全ての事件が時効を迎えてしまっているため罪に問う事ができないそうです。
最後に、『殺人の追憶』はこの事件を元に描かれていますが関連人物や事件の背景には異なる点があるそうです。