日本に暮らしていると、「平和ぼけ」だとか、「活気がない」とか、何かと単調で無気力な表現を多く目にする気がします。
長く「平成」という時代を生きてきた私も、「平和の中にある活気のなさや悲しみ」のようなものを強く感じていました。
戦争がない=平和と捉えられがちな世の中において平和とは一体何なのか、もう一度考え直させられた時代が「平成」なのではないでしょうか。
平和であっても、災害、格差、貧困、病など身近に起こる不幸は多いです。
平和だった平成だからこそ、そのような出来事、事象を強く感じてしまうのかもしれません。
映画『糸』ではそんな中で生きてきた若者達が人生を描いていく中で、世界に出て何かやりたかったり、夢を掴みたかったりするのですが、結局は「普通に暮らすことが意外と難しい事実」を思い知らされたような気がします。
その上で、2人の男女のまるで運命で惹かれあったかのような人生が描かれていくのです。
世界という大きなことに目を向けると日本で戦争が起きていないことは平和ですが、だからといって人生はそんなに単調ではないし、日本に暮らしているからといってそこまでうまくはいかないし思い描いた人生を歩める人は少数です。
一見、単調に見えて、単調ではない「平成」という時代と、人生の「もどかしさ」を映画『糸』では非常にうまく表現されていたように感じました。
人生という難題のその中で、平成という単調に見えて激動だった時代を、運命で引き寄せられた2人の男女が最後に歩んでいく道とは一体どのようなものなのか。
平成という時代の全てを糸として、織りなす何かを探し求め、振り返ることのできる作品です。
まだ観ていない方はこの先の感想にはネタバレを含みますのでお気をつけください。
また、映画を観る上でのアドバイスですが、この映画は「糸」という名曲にインスパイアされて描かれた映画だということを忘れないことです。
冒頭、まとまりのない文章となってしまいましたが、この記事では物語に登場した、「平成」という時代に起こった大きなトピックを振り返りつつレビューを行なっていこうと思います。
映画『系』【感想】「平成」という名の「もどかしさ」
まずは全体的なあらすじを紹介しておきます。
あらすじ
平成元年に生まれた男女二人がそれぞれの人生における苦難を乗り越えながら、出会い、別れを繰り返す壮大な愛の物語りが描かれる。
予告編
続いて全体的な感想から述べていきます。
ジャンルで言うと、ヒューマンドラマ・恋愛映画です。
ですから、感動したかしなかったかで言うと感動しました。
普通に泣けます。欲を言えばもっと泣かせて欲しかったです。
本作では、平成という時代を進行させつつ、2人の男女の運命的な関係性を描くという構成でした。
具体的な物語は中島みゆきさんの名曲「糸」を基に構成されているため、運命で引き寄せられた男女がそれぞれの人生を歩み、糸で引き寄せられたかのように共に歩んでいくという感じです。
また、菅田将暉演じる漣と小松菜奈演じる葵の人生の起伏をうまく描きつつ、その他、彼らを取り巻く人物の人生にも味が出ており、これが人生というものだと語られているようで、非常に説得力のある物語でした。
ちなみに漣と葵という名前は平成時代の30年間でトップ5にランクインするほど非常に多くつけられた名前です。
また、菅田将暉と小松菜奈の演技にも注目です。やはり普通の演技を普通にできるのが2人の素晴らしさではないでしょうか。
あの独特の雰囲気はいったいなんなのでしょうか。凄いです。
2人の演技も加えて、映画全体のもどかしさが表現され、それが平成という時代のもどかしさを強調しているように感じました。
名曲「糸」をつよく感じる物語
これまでに多くの方にカバーされ、誰もが知る名曲として知られる『糸』を映画化することはそれなりにリスクもあるのでとても考えられた物語であったと思います。
なので、物語は「糸」へのリスペクトを感じるものでした。
特徴的なだったのはまるで糸が交差したり切れたりするように起こる出会いと別れ、喜びと悲しみの繰り返しで、人生というものについてより深く考えられていました。
つまり、人生には起伏があり、その山と谷がよく描かれています。
特に漣と葵の「出会い」と「別れ」の往復の間には彼らの最初の「出会い」の時には予想だにしなかったような物語、起伏がありました。
ここでは山と谷に分けて振り返ってみると分りやすかったです。
【漣】
葵に出会った頃、漣の将来の夢はプロサッカー選手で世界で活躍すること。人生には楽観的です。(山)
しかし現実はプロサッカー選手ではなく北海道の田舎町でチーズを作り、あまり情熱を注げていない様子。葵と再会するも特に何もなく、職場の香との結婚。一見幸せそうですが香に癌が見つかり、亡くしてしまいます。(谷)
その後はチーズ作りに没頭しミシュラン三つ星シェフに認められます。(山)
【葵】
一方で葵は家族の問題を抱えており将来は普通の生活をすることを望んでいます。夢はあまりなく人生には悲観的です。(谷)
キャバクラで働きつつ大学に進学しますが生活に本当の意味では満足していない様子です。(谷)
シンガポールでネイルの事業で成功します。(山)
しかし友人に裏切られ日本に帰国します。(谷)
このように2人が山と谷を歩くように人生の物語を描きつつ糸が交差したり切れたりするように出会っては別れ、悲しみと喜びを経験していきます。
最後には2人は運命的に結ばれましたが、個人的にはそううまくはいかないことの方が多いと思いました。
映画的にはベストな終わり方でしたね。
2人が疎遠となったそれぞれの物語でも妻を亡くしたり、社長と別れるなど出会いと別れを繰り返しています。
また、成田凌演じる直樹をはじめとした脇役と言える登場人物にも出会いと別れが非常に多く、深く描かれていました。
出会い、別れ、これぞ人生ということでしょう。
物語の行方を決めたのはどんぐり

出典:映画「糸」公式Twitter ©2020映画『糸』製作委員会 映画『糸』公式サイト
余談ですが、やけにどんぐりが出てくるなと感じた方も多かったのではないでしょうか。
まさか、あそこまで決定的な伏線としてどんぐりが使われていたとは思いもしませんでした。
物語では
どんぐり=「行け」
と言うメッセージが植え付けられていました。全てポジティブな意味合いが込められていたと思います。
娘から漣へと投げられたどんぐりが物語を決定させました。
この時どんぐりが投げられていなければ漣は葵を追いかけて港には向かっていませんからね。
とても粋な演出だったのでここでかなり心打たれてしまいました。
幸せにつながる何かは小さなことから生まれるような気がします。
小さなきっかけが運命を決定する事もありますからね。
挿入歌の中島みゆき『ファイト!』が深めた映画の味
本作の挿入歌には「糸」がおもに挿入歌として使われていました。
シンガポールのシーンでは中国語版歌詞の「糸」も流れていました。
しかし、他にも中島みゆきの「ファイト!」も使われていました。
歌詞を聞いているとこれが効くわ効くわでした。
成田凌演ずる直樹の熱唱のシーンが特に味が出ていた気がします。
映画のタイトルが『ファイト!』でも良いくらいです。
中島みゆきさんの楽曲『雪の華』にインスパイアされたタイトル名が『雪の華』の映画も最近公開されていましたが、やはり歌詞の持つ力が強いので映画にしても伝わってくるものも大きいのでしょう。
比べるのもどうかと思いますが、個人的には『雪の華』よりも『糸』の方が映画としては良かったと思います。
映画『糸』に対して少しだけ欲を言うとすれば、もう少し泣かせて欲しかったです。
映画『糸』を観て平成に起きたことを思い出し、そして自分の人生にも重ねてしまう
本作では、ただ物語を追いかけるだけでなく、平成という時代を振り返りつつ自分の人生と重ね合わせることができる作品だったと思います。
これほどまでに自分の人生と照らし合わせる場面が多かった映画はこれまであまりなかったような気がします。
映画では考えさせられる部分が多かったり、自分と重ねてしまう場面が多い作品ほど印象に残り奥深さが生まれると思うのですが、その点では本作は勝ちですね。
平成には大きな事件もたくさんありました。
映画『糸』では主に以下のような事件が描かれていました。
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アメリカ同時多発テロ事件
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リーマンショック
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東日本大震災
映画を観た人の年齢によって、それらの事件を肌で感じたか感じていないかは変わると思いますがそれぞれで思う部分があったと思います。
人との出会い、別れを、糸が交差したり切れたりする様子に重ねて悲しみも喜びも描いた本作は皆さん自身の「平成の物語」にどのような刺激をもたらし、振り返ることになったでしょうか。
月並みですが出会いと別れは人生において避けられないものです。
本作では最後に2人は結ばれましたが、出会いがあれば別れが必ずあるということも忘れずに、だからこそ別れまでの時間を大切に生きていきたいですね。
歌の歌詞からインスパイアされた物語で正直そこまで期待していませんでしたが、期待値を上回る良さが本作にはあったと思います。
物語でも描かれたグローバルな世界。新たな時代「令和」は果たしてどのような世の中となっていくのでしょうか。
「令和」という時代にはどのような物語があり、どのような終わりを遂げるのか。始まったばかりのこの時代でもより多くの人が当人の望む普通の幸せを手に入れられる世の中となっていくと良いですね。